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ヘラクレス軍団とは?
ヘラクレス軍団の由来を追う

ヘラクレス軍団?

ラグビー部公式ページの「100周年に向けて」というページ内に「ヘラクレス軍団と呼ばれた強豪チームの復活~」という文言があります。「ヘラクレス軍団」という言葉にピンとこない方もいるかも知れませんが、インターネットさくら組が生まれた頃、90年代後半から2000年代前半にかけて日大はその特徴的なプレイスタイルから「ヘラクレス軍団」と呼ばれていました。

サイドアタックやピック&ゴーによるFWの連続攻撃、相手を吹っ飛ばす強烈なタックル、そして強力なスクラム。当たり負けない強靱な体を武器にしたラグビー。また、阿多監督指導による独特な独特の練習方法が記事になり(ボールに触れない日もあるくらいウェイトトレーニングをはじめとするフィットネストレーニングを重点的に行い、スクラム練習は「日に500本組む」とも言われていました)、日大のフィットネスの高さが知れ渡るようになって、いつの間にか「屈強な集団=ヘラクレス軍団」というニックネームが定着したのです。

いつから呼ばれていたか?

申し訳ないことに、いつからそう呼ばれるようになったか、正確には全くわかりません。
1999年、このサイトが出来た頃には「日大=ヘラクレス軍団」は完全に浸透していたのは間違いありませんが、呼ばれ始めたのはおそらく1997年からだと思われます。

1997年はFW中心の日大の強化が一つのピークを迎えた年で、リーグ戦2位・選手権ベスト4の成績を残しており、TVKのラグビー中継でも「ヘラクレス軍団」の言葉が使われていた記憶があるようなないような。そんな曖昧な記憶を頼りに1997年と言っているのか、と言わればそれだけではなく、ディズニー映画「ヘラクレス」の公開が1997年だったというのも有力な手掛かりの一つです。この映画はヒットし社会現象にもなったので「屈強な男=ヘラクレス」という構図も出来ていたように思います。ただし・・・・1997年のラグビーマガジンには「ヘラクレス軍団」の記述が見つかりませんでした。

正確に知っている方、「いや、高橋智也のころからそう呼ばれていた」とか「いいや、元吉和中の代からだ」とかもっと後の「鷲谷正直の代から」など淡い記憶でもお持ちの方、お便り下さい。

実は元祖は日大ではない

大阪体育大学ラグビー部公式Instagramを見ると、ペットマークに「Hercules」の文字が入っているのが分かります。実は「ヘラクレス軍団」というニックネームは日大のオリジナルではなく、もともとは大阪体育大に付けられたニックネームでした。

1989年の大阪体育大は関西リーグこそ3位でしたが、高橋一彰主将(→トヨタ自動車、日本代表)らウェイトトレーニングで鍛えた強靱なFWを擁しており、SOのパントにFWが殺到するというパワーラグビーを展開していました。選手権一回戦の相手は明治大でしたが「才能を力で粉砕する」と意気込み見事に勝利。準決勝では優勝した早稲田大にあと一歩まで迫りました。こちらのヘラクレス軍団もいつからそう呼ばれるようになったか不明ではありますが(当時の新聞記事には「サイボーグ軍団」などという表記も見られておりますが、「ヘラクレス軍団」の文字は出ておりません)、「ヘラクレス軍団」の元祖は大阪体育大学で間違いありません。

ヘラクレス軍団の復活

時代とともにラグビーも変化し、パントにFWが殺到するいわゆる「10メンズラグビー」もFWがサイドアタックやピック&ゴーを繰り返すラグビーも殆ど見かけなくなりました。昔と違ってどのチームもフィジカルの強化に励んでいるため、こういった特徴的な攻撃を多用したり当たり強さで負けないなど独特な個性を持つチーム自体作るのが困難かも知れません。

しかしながら、今年の作成した大学選手権特設ページには「ヘラクレス」「15人のヘラクレス」「ヘラクレス軍団」という言葉を入れさせてもらいました。本人達が目指しているかどうか分かりませんが、今年のハリケーンズは「ヘラクレス軍団」を襲名するのにふさわしいチームだと思っております。昔のようにプレイスタイルではありませんが、激しいタックルとブレイクダウンは特徴的で新しいヘラクレス像と言えると思います。

ヘラクレス軍団の夢は終わらない

時代とともにラグビーが変化しても、「ヘラクレス軍団」が絶滅したわけではありませんし亡霊のように復活したわけではありません。「ヘラクレス軍団」でまだまだ夢は追える、「ヘラクレス軍団」でまだまだ上を狙える。今年のハリケーンズを見ると、そんな期待もしてしまいます。

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