Nostlgia1999
最強チームへの挽歌
最強チーム、発進!
衝撃的なデビュー戦だった。
難敵・中央大を一蹴したという結果だけでなく、今まで見たことのない、新しい日大のラグビーを見た。
この年のチームは、日大ラグビー部史上最強のチームだったのではないだろうか。
伝統の強力フォワードはこの年も強かった。
スクラムは学生レベルでは圧倒的な強さを誇り、5mスクラムは「名物」と呼べるほどの破壊力があった。
しかし、この年のハリケーンズの得点源は間違いなくバックスだった。
左に北條純一(4年・盛岡工業)、右に窪田幸一郎(3年・日川)と高校日本代表コンビの両翼は学生屈指の決定力を持ち、特に北條はスター選手の一人だった。センターには西陵商業で全国Vを経験し1年からずっと12番を付けている野杁茂彦(3年)と独特の体躯と突破力を持つ今利貞政(3年・天理)がいた。
ハーフ団は高校日本代表経験を持つ沢木智之(4年・秋田工業)と期待のルーキー・武井敬司(1年・日大藤沢)で、フルバックは最終学年を迎えた田原健太郎(4年・天理)。
このうち北條・窪田・今利・武井4人が卒業後に日本代表を経験したのだから、この布陣がいかに豪華だったかよくわかる。
緒戦は中央大戦だった。
当時の中央大は決して強いチームというわけではなかったものの日大には強く、この試合も前半戦は時折中央大にリードを許して接戦の様相を呈していた。
ゲームが動いたのは後半だ。
エース北條の目が覚めるような60m独走トライを皮切りに、バックス陣が走りに走った。
時には横に散らし、時には縦に突っ込む。
どちらにしても速く強かった。
パスを使って、あるいは単独で、ゲインラインを次々に軽々と突破していく。
リードを取っているのはルーキー・武井だ。
怖いもの知らずで勝気の武井は、キックを一切使わない。
未熟な面も見え隠れするものの、パスとランで攻撃を組み立て、時折見せる思い切りのいいランはバックス陣のアクセントとなった。
フルバックに入ったルーキー・永松拓は武井の幼馴染。武井の走りに呼応するように、小さな体でグランドを駆け回っていく。
フォワードもこのバックス陣のフォローに走りに走り、トライも記録した。
圧巻はスクラムだ。中央FWを終始粉砕し、5mスクラムでペナルティトライを獲得した。
結局、前半戦が嘘のように50-15で圧勝。新しい時代を感じさせる、まさしく衝撃的な試合だった。
ひょっとして今年のチームは凄く強いんじゃないか。
このまま優勝しちゃうんじゃないか。
そんな期待も抱かせてくれたし、何より「粗削りでまだまだ強くなっていきそうな雰囲気」がたまらなく嬉しかった。
次の試合が楽しみで仕方ない、そんなスタートだった。
2戦目で味わう敗戦
2戦目の相手は流通経済大。
流通経済大は下位チームながら昨年学生日本一となった関東学院大に土を付けたことで注目を浴びたチームで、この年も緒戦で関東学院と接戦を演じていた。
上位進出を狙う今季は熱心なラグビーファンの注目を大きく集めており、日大よりもずっと注目度の高いチームだった。
それだけに、今年のチームにとって試金石ともなる相手であり、大切な二戦目だ。
スクラムは相変らず強力で、またも名物・5mスクラムからペナルティトライを奪取した。
スクラムに並ぶ名物、「北條の独走トライ」もまた出た。今度は70m走り切った。
しかし、押し切れない。
昨年下位だった流経大は上位陣と先に当たる。
緒戦関東学院、二戦目は日大。
上位進出を目指しているだけあって、既にチームは出来上がっていた。
日大は逆に上位と当たるのは後半で、所々配置しているルーキーを初めとしてまだまだチームが出来上がっていない。
フォワードもバックスも相変わらずの強さを見せつけているものの、押し切れなかった。
キックを使わない武井の攻撃は見切られていた。
また、中央戦で負傷退場した永松の代わりにフルバックに入った同じくルーキーの阪上義和は、フルバックは本職でなくキック処理に難があり、これも見切られた。
それになにより、この年最大の弱点となったラインアウトの弱さも露呈してしまった。
結果、流経大の方が前のめりになる時間も多く、完全に接戦とってしまったのだ。
27-30で迎えた後半35分、この日一番の勝負所やって来た。
流経ゴール5m、日大ボールのスクラム。
日大最大の見せ場だ。
日大FWが猛烈に押し込むと、流経FWは堪えられず何度も崩れた。
ペナルティトライは・・・・貰えない。
前半すでに1つ貰っているからだろうか。
それでも日大FWは逆転を狙って愚直に押し込む。崩れたスクラムからこぼれたボールは・・・・
なんと流経側に出た。ペナルティはなかった。
37分、流経大はモールからとどめのトライ。27-35となり、勝負がついた。
改善しなくてはいけない点は明らかだった。
2戦目にしてはっきり出てきたのは良かったと思うものの、負ける相手ではなかったのではないだろうか、という悔しさもにじみ出る。
ペナルティトライをもう一つ貰えれば、対戦順が違ったら、日大は勝っていただろう。
流経大の上野監督は後日「日大戦は運良く勝てた」と語っているし、そんなタラレバの話をしたくなるくらいこの日の日大も強かったのだ。
幸か不幸か日大が流経大に敗れたことで、日大の注目度は特に変わらず、特に日の目を見ることなく、日大史上最強のチームが誕生しようとしていることなど誰も知るよしもなかった。
日大はまだリーグ戦の4番手か5番手程度の評価でしかなかったのだ。
連勝街道、そして関東学院に挑む
流経大戦の敗戦から3週間。
ここからは5週連続の5連戦が組まれていた。
3戦目の相手は法政大、今年はあまり奮わないが、昨年のリーグ戦覇者だ。
その法政に32-17で完勝した。
「名物」5mスクラムは崩されることなく押し切った。
ラインアウトも安定したし、武井もキックを使って前進した。
前戦に比べたら、何ともケチの付けようがない勝利。
勝つのが当たり前、3週間もあったんだから成長出来て当たり前。
そんなことを言いたげな顔をしているように見えるくらい頼もしい。
このチームは確実に成長していたのだった。
1週間後の専修大戦は52-33、山梨学院大戦は66-22と点は取られこそしたもののしっかり連勝。
もちろんスクラムトライも毎試合記録した。
残り2戦を残して4勝1敗と、リーグ戦の優勝争いに躍り出た。
6戦目の相手は関東学院大。ここまで全勝、大学選手権3連覇を見据えておりぶっちぎりの優勝候補だ。
眼下の敵であった流経大と大東文化大を既に破っており、すでに優勝は決まったとの見方も強い。
日大戦は特に注目もされておらず、逆に一泡吹かせるにはいい状況だったが・・・・。
関東学院戦もまた試練の一戦となった。
スクラムは強烈にプッシュした。
当時の関東学院FWは決して前に出て行くタイプではなかったが、スクラムは安定していて押し込まれることはなかった。
押されてもうまく押し流されていたのだ。
その関東学院のスクラムが見事に押されていく。
安定したスクラムを組む技術があるだけあって、きれいにまっすぐ押されていく。日大もきれいにまっすぐ押す。圧巻のきれいなスクラムトライが生まれた。しかも2度もだ。
ここまできれいに押されるのも天晴れである。
バックスの走りも健在だ。
この試合でCTB野杁、FB田原という中心メンバーが負傷退場してしまったものの、CTBに入った阪上は元気いっぱいの走りを見せてくれたしFBに入った武井も積極的にライン参加して攻撃のアクセントとなってくれた。SOに入った松下も落ち着いたライン裁きを見せてくれた。
しかしながら、ラインアウトがまずかった。
日大の不安定なラインアウトを見たSO淵上は容赦なくタッチに蹴り込み、ラインアウトを仕掛けてくる。
関東学院のラインアウトは学生屈指の高さを誇り安定感抜群で、日大はマイボールの確保すらままならず、ラインアウトを起点に何度も攻め込まれ続けた。
これではペースは掴めない。
後半30分、CTB今利の力走で10点差まで追い詰めたものの、反撃もここまで。
関東学院WTB四宮にとどめのトライを奪われ、22-39での敗戦となった。
3連勝し関東学院とも良い勝負に持ち込めたものの、今年のチームはまだまだ完成には至らない。
大学選手権まであと1戦を残すのみ。最終戦の相手はこの後数年実力が拮抗する間柄になる大東文化大だった。
低い注目度、低い下馬評・・
それでもチーム一丸となって
大東大のラグビーはシンプルで、トンガ人留学生のマウとバツベイを前面に押し出してくる。
FWも強くスピードランナーもそろえていて、ここまでの4勝2敗。日大と全く同じ星勘定であり、勝った方がリーグ3位負けた方が4位という最終戦となった。
ところで。
大学ラグビーも、この時期になればリーグ戦・対抗戦の結果より大学選手権の予想の方が盛り上がるようになってくる。
今年の本命は3連覇を狙う関東学院と100周年Vに賭ける慶應義塾大だ。
どちらもリーグ戦では敵なし状態であり、順当に行けば両者が決勝で対峙する。
対抗できるのは関西リーグ戦でやはり敵なし状態である同志社だろう、というのが大方の見方だった。
慶應の1回戦はリーグ5位の法政でほぼ確定。
2回戦はリーグ3位の大東文化大であり、準決勝は同志社だというのがほぼ間違いなく普通の見方だった。
でもちょっと待って欲しい。
リーグ3位はまだ決まっていないのだ。
大東文化大も強いかも知れないが、日大も同じ星勘定で直接対決を残しているのに、そんなことまるで誰も気にしていなかった。
誰も日大の試合など興味がないのだ。今年のチームはひと味もふた味も違い虎視眈々と上位を狙っているというのに。
流経大に負けたのが効いている。リーグ2位に浮上した流経大は今や時代の寵児であり、早稲田相手にとどのような試合を見せるのかがラグビーファンの話のネタになっている。
日大のことなど、誰も興味がないのだ・・・・・
そんな中で行われた大東大戦は、まさかの展開となった。
マウの突進を全く止められない。
あれだけの屈強を誇ったFWがはじき返される。
予想外の展開だ。大東大フィフティーンが楽々と日大ゴールに入ってくる。
誰にもなんにも止められない。
前半20分時点でなんと8-31。
とんでもない試合になってしまった。なんとまだ60分も残っている。
あの強いチームはどこにいってしまったのだろうか。
この流れを一変させたのは、まさかの判断だった。
日大が狙ったPGがこの試合の分岐点となったのだ。
ここまで話題にしていなかったが、実はこの年の日大はプレースキッカーがいなかった。
当初は武井が担当していたものの、当時の武井のキックの精度はあまりに低く、終盤沢木が担当するようになった。
この沢木も決定率は低い。距離も出ない。あったら最初から担当していたのだろうから、当たり前だ。
それなのに。
なぜ正面30mのPGを狙うのか。例え決まっても11-31、20点差になるだけで成功の確率も正直低い。成功する確率はせいぜい20%くらいじゃないか。
もうなんか破れかぶれなんじゃないか、と。
本当にそう思った。
しかし、このPGが見事に(ヨレヨレと)決まり、このプレーで流れが一気に変わった。
日大が奮い立つ。マウや大東大FWの突進を、一人じゃなくみんなで止める。
チーム一丸だ。
攻撃にもリズムが生まれてきた。
FWもBKもない。とにかくチームがひとまとまりにボールを運ぶ。
そして怒濤のトライラッシュだ。
大東大にもはやこれまでの勢いはない。
ただただ日大の攻撃を受けるのみだ。
後半20分、WTB窪田のトライでついに逆転。
さらにその後も攻め続け、47-38というハイスコアで勝利を収めた。
圧巻の勝利だ。
この試合の試合内容はそれほど重要ではない。
チームが初めて一つになれた、そんな気がした試合だった。
ヨチヨチ歩きから一気に成長した気がした。
もう慶應も関東も全く怖くないのではないか?優勝出来るのではないか?
試合後、阿多監督は「今うちは餅米が餅になろうとしているところ。(慶應との試合は)良い試合になりますよ。」
と、独特の表現で自信を語っていた。
この試合はそれだけの確信を持てる試合だったのだ。
誰も日大を知らない
日大が大東に勝って3位になっても、相変わらずの注目度だった。
慶應の注目の一戦は1回戦で当たる法政であり、日大戦は全く眼中にない。
選手権一回戦、日大は名古屋で関西3位の大阪体育大学に勝利した。
スクラムは押せず、北條の独走トライ以外いいところもそれほどなかったが39-19で完勝だ。
慶應戦に何の不安もなかった。
しかし、注目度は低いままだ。
某掲示板で、大学選手権の予想大会をやっていた。
慶應の1回戦の予想は割れた。
法政が勝つ、と予想するものも多かった。
しかし。
2回戦の日大戦、なんと日大に投票したものは誰もいない。ゼロだった。
なぜそこまで注目度が低いのか。
実はこの年、昨年のベスト4である関東学院・明治・早稲田・慶應の各監督が集まりトークを繰り広げる「大学ラグビートークバトル」なるイベントがあった。
ここで、関東学院の春口監督はほぼずっと「日大のスクラムは異様に強い。うちから2度もスクラムトライをとった。慶應も大変だよ」という話をしていたという。
口を開けばずっとこの話だったらしい。
なんと。そこまで根に持っていたのかと思う反面、素直にうれしい。日大をかなり高く評価しているようだ。
そんな話が掲示板で出ても、ラグビーファンは気にしない。
スクラムが強いからなんだと。慶應だって強いんだと。
中には「日大の評価が低すぎる。私は熊谷で大東大戦を見た。これは凄いチームだと感じた。この中で今年の日大を見たことある人どれくらいいますか?昨年までと全然違いますよ」と警鐘をならす人もいたが、黙殺された。
実のところ私も少々参戦したが、なしのつぶてだった。
ラグビーファンの中では、日大はないことになっていたのだ。
こんなに悔しいことがあるか・・・・選手たちはどう思っていただろう。
消化不良の大体大戦から1週間。
忘れもしない12月26日、あの試合を迎えた。
12.26 圧倒劇 衝撃の秩父宮
12月26日、秩父宮は満員だった。
12時15分から優勝候補筆頭、100周年Vを目指す慶應が登場。
14時からはやはり優勝候補、3連覇を目指す関東学院が登場。
関東学院の相手はなんと明治、昨年の決勝戦のカードだ。
明治のオールドファンも秩父宮にかけつけ、この一戦の試合開始を待っていた。
12時過ぎに両チームの選手入場。日大の選手は硬くなっていないかちょっと心配していたが、その心配はあまりなく、どちらかといえば晴れ晴れとした顔をしている。
慶應はいつも通り、余裕のある表情だ。
12時15分、キックオフ。
開始早々、日大はPGのチャンスを得るがいつも通り失敗。
ごく普通の、想像された静かな立ち上がり。満員の秩父宮の観衆はまだ慶應の勝利を全く疑っていなかった。
会場の雰囲気が一変するのはこの10分後、前半10分を迎えたところで組まれたファーストスクラムの時だった。
スクラムが組まれた場所は慶應ゴール前5m。
知る人ぞ知る、日大名物の・・・5mスクラムだ。
春口監督があれだけ言っていたのに。
誰も信じていなかった、日大の強力スクラム。
日大にとっては挨拶代わり。
日大が押し込むと慶應スクラムはもろくも崩れた。
日大ファン(と関東学院ファン)以外、誰もが想像していなかった地獄絵図だ。
コラプシングのペナルティを得ると、再びスクラムを選択して猛プッシュ。
崩れたスクラムの中からボールを持ち込んだ、FL横瀬が慶應ゴールに飛び込んだ。先制だ。
誰も、目の前で何が起きているか飲み込めない。
目の前には広がっているのは惨状だ。
マイボールスクラムからの球出しすらおぼつかない慶應。
バックスも前に出られない。
日大はFWも強いがBKも強い。
21分にはCTB今利が慶應バックスを薙ぎ倒してゴールに飛び込んだ。
一体どうなっているのか、全く事態が飲み込めない観衆も、慶應を圧倒し続ける日大FWと縦横無尽に駆け回る日大BKの姿に飲み込まれていく。
30分にはエース・北條のビックゲインが生まれ、会場が沸き立った。北條の真っ直ぐな走り。慶應ディフェンスに敢えて突っ込み、ディフェンスを薙ぎ倒してのビッグゲインだ。怪我から復帰したルーキー・永松も続く。こちらはステップを右に左に切りながらのビックゲインだ。
フィニッシュは武井だ。
北條をケアし外に流れた慶應バックスをあざ笑うかのようにカットインすると、ディフェンスを置き去りにして独走トライを決めた。
大多数の観衆にとってはまさかの展開だ。日大が慶應を押しまくっているのだ。
前半終わって19-10。
慶應はPGとトライを一つずつ返すのがやっと。
逆転の慶應と言われているものの、慶應には明らかに余裕がなかった。
「このままでは慶應が負ける-」ハーフタイム中、秩父宮はそんな雰囲気に包まれていった。
最強チームへの挽歌
後半。
慶應はここまで冷静沈着な戦いぶりで、いつも逆転してきた。
早慶戦も前半はリードされて折り返したものの、後半逆転し圧倒した。
しかし、さすがにこの日はいつもと違った。
会場の雰囲気もだいぶ違ったはずだ。
明らかに余裕がなかった。
「俺たちはこんなところで負けるために1年間頑張ってきたわけではない-」100周年Vに向けひた走る使命、これがなければ戦意を喪失していたかも知れない。
対する日大は確かに強い。
しかしながら日大にも余裕はなかった。
心配されていたラインアウトはNO8南方が中心となってマイボールは確保していたし、大観衆はすでに味方につけてはいたものの、これだけの観衆の前で試合をした経験はほとんどなかった。
こんなにしびれる試合の経験もなければ、接戦をものにした経験もなかった。
慶應や関東学院のような、クレバーな試合運びは出来ない。
ここという場面でのミスも増えていく。
FWもBKも確かに強く、たびたび黒い波が慶應ディフェンスを突破していくが、継続してトライを奪うまでには至らない。
結果、後半20分までは一進一退の膠着状態になった。
お互いトライを取り合い24-15、9点差変わらず。
この膠着状態の中で、慶應は徐々にバックスに活路を見いだしてきていた。
スクラムでのプレッシャーが弱くなってきていたのだ。
後半24分にCTB田中豪のトライで逆転されると、31分にはSH牧野のトライで突き放された。
24-36だ。この試合、最大得点差となる12点差がついた。
会場の雰囲気も徐々に変わりつつあった。
慶應はやはり強いのだと。
しかし・・・日大もまだ終わっていなかった。
慶應のヘッドコーチ、林雅人はこの試合「負けるかも知れない」と覚悟し、日大のとあるプレーを見た際「負けるときは案外こんなものなのかも知れない」と思ったそうだ。
それが後半33分に飛び出した、武井のタッチキックだ。
日大は慶應陣22mまで攻め込んでいた。ここで慶應のペナルティ。
PGを狙えるチームではないので、当然タッチキックを選択した。
そしてこのタッチクックが思いも寄らぬ軌道を描く。
蹴り出されたボールは明らかにコントロールされていない。ほぼ真横に力なく飛んでいき、タッチライン手前で失速、着弾。
ノータッチ・・・・と思いけや、不安定に転がる楕円球は追いかける阿久根をあざ笑うかのように5mラインを超えてタッチラインを割っていった・・・・。
大東大戦での沢木のPGを思い起こす、まさかのミラクルタッチだ。
日大はここで得たラインアウトをキープするとモールを猛烈にプッシュ。
慶應も必死にディフェンスするが、日大FL横瀬には通じない。
サイドを突いて、豪快にトライを決めた。
ゴールは決まらず29-36の7点差だが、トライ数はともに5個ずつだ。
つまり、日大が6トライ目とゴールを決めて同点に追いつけば、トライ数で上回る日大が勝ち上がる結果となる。
「最後はやはり慶應」という雰囲気になっていた会場も、俄然混乱してきた。
「やはり慶應が負けそうだ」と。
一時沈滞していた日大も息を吹き返してきたのだ。
ロスタイムを入れても、残り10分もない。
どちらにも余裕はない。
慶應も必死だし、日大も必死だ。
一進一退の攻防が続いていく。
後半40分経過、ロスタムに突入。
どちらのチームも追加点を奪えぬまま、迎えた43分。
右ゴールポストをめがけて走るのは・・・・慶應のエース・WTB栗原徹だ。
北條が必死に追いかけタックルしたが届かない。
・・・・・・激戦に決着を付けるトライだった。
栗原が難しいゴールを決めたところでノーサイド。すべてが終わった。
最終結果、29-43。
日大は敗れた。
選手は諦めきれない。皆涙を流していた。
手中に出来そうだった勝利を逃してしまった。
もう少しだった。
この年のチームは間違いなく強かった。
日本一になれるだけの強さもあっただろう。
それだけに残念だった。
大観衆から生まれた大歓声と大きな拍手は、ほとんどが日大の選手に向けられたものだっただろう。
「日大が善戦した」などと上から目線で思った者など、きっと誰もいない。
ただただ、最大級の賛辞を送りたかったから大きな拍手が起きたのだ。
林雅人は「負けを覚悟した」と語ったが、慶應の選手もまた「勝てないと思った。巡り合わせで勝てた」と語っていたと人づてに聞いた。
日大を相手にしていなかったラグビーファンも、掲示板で「申し訳なかった」と謝罪し、一部のファンはこちらの掲示板にまで来て謝罪していった。
大きな拍手も、様々なコメントも。このチームへのせめてもの挽歌だった。
コメント掲示板
ご感想・要望・質問等、管理人への伝言にお気軽にご利用下さい。